部屋は赤みを帯びた照明に照らされ、なんとも言えない怪しげな雰囲気に包まれている。
そして、それまで何もなかった四方の壁じゅうに、いろいろな器具のようなものがところせましと吊り下げられ、赤い光
を受けておどろおどろしい影を浮き上がらせていた。

 

「明日香さん。この部屋の名前を知ってる?」 わたしが周囲に気をとられていると、再び背後から佐渡部長の声がした。
「は、はい。SMルーム・・・ですよね?」 わたしはドキドキする胸を抑えできるだけ平静を装って答えた。
「SMルームの意味がわかって?」
「えぇっとぉ・・・たしかぁ・・・セールスミーティングルームとか、スペシャルマーケティングルームと伺ってますが・・・」
                   

「よくご存知ね。でも、それは仮の名前よ。“SM”の本当の意味がわかるかしら?」
「SMですかぁ?・・・・・・・・・・あっ、スペース・マウンテン。いやスプラッシュ・マウンテン。それとも・・・スーパーマン?」
「どれも違うわ。」 そう言いながらわたしの正面に立った部長の姿に、わたしはソファーから落っこちそうなくらい驚いた。
さっきまでのビジネススーツ姿と打って変わって、肌の多くを大胆に露出した黒いレザージャケットに黒い網タイツ。
そして極端に高い黒いハイヒールの女が私の目の前にいた。
                   

「SMは、サドマゾ。またはスレイブ&マスターのことよ。」
「ゲゲッ!!」わたしは意味を理解し、あらためて周囲の壁に吊り下げられたものが、大小様々な形の鞭や責め具で
あることに気づいた。 おまけに正面の壁にはX字型に組まれた磔台のようなものまである。
「ぶ、部長・・・・こ、これはいったい・・・・・」 わたしは恐る恐る黒いレザージャケットの女に尋ねた。
「わたしはね、ずいぶん前からあなたに目をつけていたの。それで人事部長をそそのかして、あなたをうちの部に強引に
異動させたのよ。 もしうちの部で幸せな会社生活を送りたかったら、素直にわたしの奴隷になることね。」
わたしはどういう風に返答すればいいのかわからず黙ってうつむいた。でも答えは明確だった。
すると部長はわたしの目の前に不思議な器具を差し出し、「さあ、服を脱いでこれを顔にはめるのよ。」と命じるように言った。
恐る恐るその器具に目を向けると、それはまるで犬の口にはめるハーネスにそっくりだった。

ついにわたしは勇気を振り絞って言った。
「ぶ、部長! あいにく、わたしにはそういう趣味はありません。いくら部長のご命令でも、それだけはご勘弁下さい!」
わたしの口調がことのほか強かったため佐渡部長はちょっと驚き、手にした器具をソファーに放り投げた。
「わかったわ、あなたの答。 でもね、きっといつかわたしの奴隷にしてみせるわ。」
「いいえ、いつになっても、それだけは絶対にありません!あきらめて下さい!」 わたしはウヤムヤにせずきっぱり言い放した。
                

「そうね。でも、あなたの気が変わるまで、辛い日々が続くかもしれなくてよ。そしてそれに耐え切れず、必ずわたしに
許しを請いに来ることになるわ。」
「どんなに辛い目にあったって、わたしの気持ちは変わりません!」
「さあ、どうかしら?いつまでその強気が貫けるか楽しみね。おほほほほほほほほほほほほ・・・・・・・」
その笑い声にわたしは目の前が真っ暗になった。
パッと頭を持ち上げた時、部屋は元の応接室に戻っていた。
わたしがキョトンと意外そうな顔をしていると、背後から部長の声がした。
「針筵さん、どうしたの?大丈夫?」
その声にわたしが振り返ると、そこには元のビジネススーツ姿の佐渡部長がおり、心配そうにわたしの顔を覗きこんでいた。
あのサドマゾルームは? あの黒いレザーの女は? いったい・・・・・? 夢?幻? あーーーわからない!!!
        

「どうやら疲れがたまってるみたいね。 もう行っていいわ。」
わたしは無言で一礼すると、SMルームをあとにした。 まさにキツネにつままれるとは、こういうことか・・・・


その夜、歓迎会の席で、突然わたしの周りを取り囲むようにビール瓶片手に集まってきたお酌の群。
わたしの所属する営業1課だけでなく、2課、3課も含む営業部全員参加のため、その人数たるや30人は優に超える。
「さあ、飲んで飲んで!」「わたしからも一杯どうぞ。」「さ、さ、一気にやって!」「今度は俺の番だ。」「ほらほら飲み干して!」
「なに、わしの酒が飲めないのか?!さあ、グイッと。」「これからよろしく!ほらグラスを空けて!」「一気、一気、一気・・・」
        

いつ果てるとも知れず延々と続く一方的なお酌の連続に、もうわたしはヘロヘロになってしまっていた。
「ウッ、ごめんなさい・・・・も、もう飲めません。」 腹の奥から込み上げるものを必死に抑えながらわたしがお酌を断ると、
「なんだ、なんだぁ?それで営業が勤まると思ってんのかぁ!!」と瀬久原課長の怒声が響いた。
「あんた、課長の命令に従えないってゆうの?! あんたの歓迎会のためにたっぷりビールを用意したんだから、全部
飲み干してもらわないと困るわ!」と坪根OLまでわたしに迫ってきた。
「それとも何かい?幹事のあたしの顔に泥を塗るつもり?!」 「つ、坪根さん。そ、そんなつもりは・・・・・・・ウップ」
        

い、いったい、なんなの?この人たち! これじゃまるで水責めの拷問じゃない!!
その時わたしはふと、宴会場の片隅に冷ややかな視線を感じてそちらを向いた。
するとそこには、意地悪そうな笑みを浮かべてわたしのことをじっと見つめている佐渡部長がいた。
なるほど、そういうことね。 
でも、わたし、負けないわ!

※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

 

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