「じごくフード・・・・変わった社名ですね、課長。」
今日は瀬久原課長と一緒に、わたしがこれから担当するお得意先の時極フードを訪問した。
             

会社の看板を見て思わず口走ってしまったわたしの言葉に、瀬久原課長は首をかしげながら答えた。
「そうかね? “時勢を極める”という意味で、とても良い名前だと思うがね。」
「なるほどぉ、そのとおりですね。わたしが考えすぎでした。すみません。」
「そんなことより、早く行こう。専務が首を長くしてお待ちかねだ。」 課長は早い足取りで社屋に入っていった。
「あ、待ってください。」 わたしはあわてて課長の後を追った。

専務のお部屋は3階の一番奥にあった。
「豪紋商事の瀬久原です。」 課長がドアの前で大声で挨拶すると、「入りたまえ。」と中から甲高い声がした。
「やあ、瀬久原くん。待っとったよ。」 そう言ってわたしたち二人を迎えたのは、テカテカのスキンヘッドにチョビ髭を
はやしたにやけた中年男性だった。
                      

「ほほぉ、この子が新しい担当者かね。 ふんふん、イヤ結構、結構、実にケッコー。」
中年男性はデスクから立ち上がりわたしのことを舐めまわすように眺めながら言った。
わたしがデスクの前に立って名刺を差し出し、「はじめまして。針筵 明日香です。どうぞよろしくお願い致します。」と
挨拶すると、スキンヘッド男は机の引き出しの中から名刺を1枚取り出し、「時極フードの下根(しもね)だ。」と名乗った。
受け取った名刺を拝見すると“時極フード株式会社 代表取締役専務 下根 襷(たすき)”と書かれている。
       

(下根 襷・・・しもね たすき・・・しもねた すき・・・下ネタ好き!?)
「まぁかけたまえ。」 下根専務はわたしたちをデスクの前のソファーに案内すると、自分も対面のソファーに腰をおろした。
まずは瀬久原課長が口火を切った。
「針筵くん。時極フードさんはうちの大得意だ。特に下根専務さんにはとてもごひいきにしてもらってるんだ。決して粗相
のないようにな!」
                   

「は、はい!一から営業を勉強させていただき、早く御社のお役に立てるよう頑張ります!」 とわたしは答えた。
「瀬久原くん。うわさどおりなかなか感じのいい子じゃないか。」
この言葉に瀬久原課長は満面の笑みを浮かべて、「いやぁ専務!お気に召していただきありがとうございます。
でも彼女、脱いだらもっとスゴイんですよ。」と、とんでもない一言をつけ加えた。
(な、なに!わたしの裸見たことないのに・・・・) これにはわたしもちょっとビックリしたが、目の前の下根専務の反応を
伺ってみると、ポカンと開けた口の脇からヨダレを垂らしながらわたしの胸元を見つめているではないか!
(あぁっ、この下ネタおやじ、今わたしの裸体を想像してるな!) わたしは直感したが顔に出ないよう必死に笑顔を取り繕った。
 

「だがな、専務はナイフのように切れるお方で、うかうかしてるとケツの毛まで抜かれてしまうから、気をつけろよ。」
「あははははは、そんなにわたしは切れ者かね。まぁ、みんなそう言うがね。 ケツの毛どころか、ほかの毛まで抜いちゃ
ったりしてね。がはははははははははは・・・・・」 それに合わせて瀬久原課長も「ガハハハハハハハハハハ・・・・・」
(あぁ、呆れるくらい下品な中年おやじの会話だこと!) わたしは思わず赤面し、うつむいて溜息を漏らした。
   

「なぁ瀬久原くん。彼女、繊細そうだけど、大丈夫かね? キミんとこの担当者はみんな短期間で故障してるからな。」
わたしには何のことかわからなかったが、すかさず瀬久原課長がこれを打ち消すように言った。
「下根専務。ご心配は無用ですよ。たしかに前々任の間素 絵夢子(まぞ えむこ)も、前任の柴枯 凌子(しばかれ りょうこ)も
二人とも病院送りになりましたが、この針筵はこう見えて心身ともにけっこうタフなやつでして、多少荒っぽく扱われても
壊れやしませんから。」
       

「ほほぉ、それは頼もしいな。」
(な、なに?病院送りって?? それに、壊れやしないって?! 機械じゃないわ!) わたしは内心思ったがグッと堪えた。
そんなわたしに気づいたのか、瀬久原課長はあわてて話題を変えようとした。
「そうそう、針筵くん。 専務は人脈が広く、各界の名士でいらっしゃるんだ。 “ジャパンティークラブ”会長も勤めておられる。
ですよね、専務。」 瀬久原課長は、とにかくヨイショ・ヨイショに懸命だった。 この辺は営業として見習うべきかもしれない。
「“お紅茶の会”とはいいご趣味をお持ちなんですね。」 わたしも負けずにヨイショしてみた。
「はて?紅茶の会とは、面白いことを言うね、キミ。あははははははははは・・・・」
「す、すみません! ジャパン・ティー・クラブとお聞きして、てっきり紅茶の会かと勘違いしてしまいました。」
「なるほどぉ、ジャパン・ティー・クラブか。こりゃいい。だが、正しく言うとジャ・パンティー・クラブだ。邪パンティー・クラブ。
邪悪なほどに艶かしいパンティーを探し出しては会員同士で披露し合う趣味の会さ。」
「はぁ・・・ジャ・パンティー・クラブ・・・ですかぁ。」 (もうイヤ! なんなのこのヘンタイおやじは!!!)
「ほれ、これが第10回記念大会のときの写真さ。」 下根専務は書類棚に飾ってあった額入りの写真を得意そうにテーブル
の上に置いた。 それはよくある各企業のエライさんたちの記念写真だったが、唯一フツーと違う点は全員が女物のパンティ
ーを頭に被っていることだった。

「どうかね、キミもいちど会合に出てみないかね?」 そう言われわたしはとっさに「せ、せっかくですが、そういう高尚な
趣味は持ち合わせておりませんので・・・・・遠慮させていただきます!」 と遠まわしに、しかしキッパリとお断りした。
「あはははははははは・・・・それは残念だ。 が、まぁ、今後ともよろしく頼むよ。」 下根専務はそう言って立ち上がった。
わたしたちも同時に立ち上がり、専務にお別れのご挨拶をして部屋を出た。
ようやくこのセクハラ地獄から解放されるかと思うと、わたしはホッとした。

ところが、急に何か思い出したのか、下根専務が部屋からあとを追うように出てきて瀬久原課長を呼び止めた。
「そうだ、瀬久原くん。こないだ持ってきてくれたキミんとこの機械だが、ありゃダメだ。持って帰ってくれないか?」
そう言って廊下のすみに台車積みにされた四角い金属の機械を指差した。
           

「ダメでしたか?それは残念。」
「自動ゆで卵殻剥き機。 発想は面白いが、1個の卵の殻を剥くのに30分近くかかり、おまけに中身はグチャグチャ、
そんでもって値段が10万円とあっては、手で剥いた方がぜんぜんいい。」
「わかりました。持って帰って改良を加えましょう。 オイ、針筵くん、車のとこまで持ってきてくれ。」 課長はそう言うと
さっさと一人で先に行ってしまった。
専務に一礼して台車を駐車場まで押して行くと、運転手役の肝井さんは運転席で高いびきで寝ていた。
わたしが重い機械をやっとの思いで持ち上げて車のトランクに入れようとすると、「ダメダメ、トランクなんかに入れちゃ。
精密な機械なんだから、キミが後部座席で膝の上に抱えててくれ。」 と車の中から課長の命令が。
しかたなしにわたしは命ぜられるまま機械を膝に抱えて車に乗り込んだ。
                       

帰りの道中、肝井さんの運転はわざとじゃないかと思うくらいヒドイもので、ガクンガクンと車が揺れるたびに重い機械が
わたしの膝にめり込んでくる。
「か、課長。この機械、めちゃくちゃ重いんですけどぉ・・・・」 わたしは泣きそうになって隣に座っている課長に訴えたが、
「我慢、我慢。この機械は我が社の社運がかかってるんだから。しっかり支えてろよ!」と聞く耳を持たない。
それどころか、片肘を機械の上に乗せて、これもわざとじゃないかと思うくらいグイグイと全体重をかけてくる。
「ひ、ひぃいぃぃぃぃぃ!か、課長!い、痛いですよぉ~!」 わたしは思わず悲鳴を上げたが、
「我慢、我慢。我慢、我慢。」 それしか言わない。
な、なによ! これじゃまるで石抱きの拷問じゃない!! 会社に着くまで1時間も我慢するのかと思うと憂鬱になってきた。
でも、わたし、負けないわ!
        

※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

 

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