「了解です!!お任せ下さい!」 そう大声を張り上げて瀬久原課長が受話器を置いた。
いつになく課長の顔はニコニコの上機嫌。 そんな課長とついうっかり目が合ってしまい、わたしは思わずパソコンに目を移した。
          
「針筵くん!」 ああ、見つかっちゃった。課長が上機嫌な時はロクなことがないんだ。
「は、はい、課長。お呼びですか?」 名指しされた以上はそう答えるしかなかった。
「キミィ、今日の午後ヒマだろ? ちょっと一緒に来てほしいところがあるんだ。」
「い、いえ。明日の商談資料を作らなきゃいけませんので・・・・。」
「商談資料?どうせ時極フードのエロ専務だろ?かまわん、かまわん。こっちが優先だ。」 ずいぶんと勝手である。
そんなわけで、わたしは強引に課長に連れ出されてしまった。

電車をいくつも乗り継ぎ、バスに乗り、それから30分ほど歩いて、ようやくたどり着いたのは、不思議な外観を持つ建物の前だった。
道中、わたしがいくら行く先を尋ねても、「いいから、いいから、着けばわかる。」と課長は教えてくれなかった。
建物の入口に掲げられたちょっと傾いた看板を見ると、『夢の未来マシーン研究所』と書いてある。
               
あんまり怪しげな社名なんでわたしが首をかしげていると、「さあさあ行くぞ。」と課長はわたしの手を引いて中に入っていった。
わたしたちを出迎えてくれたのは、まるで昔のマンガに出てくるような典型的な初老の博士だった。
白衣と呼ぶのもためらうくらい汚れた白衣を着て、禿頭に白髪と白いヒゲ。それに丸いメガネに丸い鼻、やはりどう見ても“博士”だ。
「針筵くん。こちらがかの有名な宇袖(うそで)博士だ。」と課長がわたしにその博士を紹介してくれた。
                
「やぁ、君が瀬久原くんの秘蔵っ子の明日香くんかね。わたしがここの所長の宇袖 翔(しょう)だ。今日はよろしく。」
博士はそう言ってわたしの手を無理やりとり握手をしてきた。
「は、はい。針筵です。よろしくお願いします。」 とわたしも挨拶したが、いったい何が「よろしく」なのか見当もつかなかった。

「では、さっそくお目にかけよう。」 博士は嬉しくてたまらないような顔つきで、わたしたちを研究室の中に案内してくれた。
「課長。いったい何を見せてくれるんですか?」 わたしは小声で課長に尋ねたが、「まぁ、見ていろ。」と教えてくれない。
わたしたちが入った研究室は何やら大袈裟な機械で埋め尽くされていたが、その中央に布を被せた四角い箱のような
物が置かれている。
       
「博士、これがお話の世紀の大発明品ですか?」 瀬久原課長が博士に尋ねた。
「おお、よくぞ聞いてくれた!そう、まさにこれがそうじゃ!」 そう言うと博士は除幕式のように被せてあった布を取り払った。
「え、えぇぇぇぇっ!!こ、これ・・・・?」 わたしは目を疑った。なんとそこに現れたのは簡易式トイレそのものだったからである。
「諸君!」と博士はわたしたち二人に向かって急にあらたまって語り始めた。
「ついに人類の長年の夢がここに叶った。名づけてタイムトラベルマシーンじゃ!」
「針筵くん、すごいだろ!」 課長は我がことのように嬉しそうにわたしに言った。
                   
「博士はついにタイムマシーンを完成させたんだ。しかもその販売代理店を我が社に指名してくださった。これは最高の
ビッグビジネスだぞ!!」
「へぇ~、それはすごいですね!」 そう聞いてわたしもすっかり夢中になってしまった。
「これがあれば、過去でも未来でも、好きな時代に行くことができるんですね!」
「明日香くん、君はものわかりがいいね。そのとおりじゃ!しかもこのマシーンはただ行くだけでなく、その時代のいろいろな
風物に直に触れ、体験ができる点が特徴じゃ。 平安貴族と蹴鞠をやるもよし、江戸の遊郭で女郎遊びをするもよし。
ティラノサウルスと記念写真だって撮れるぞ。」                   
「わー!なんだかワクワクしてきました!」 わたしは遠い昔の時代に思いを馳せながら感動を隠せなかった。
「じゃろぉ、行ってみたいじゃろ?」 博士は子供のように目を輝かせるわたしの顔を見ながら言った。
「よし決まった!針筵くん、キミが名誉ある人類初のタイムトラベラー第1号だ。おめでとう!」 課長が興奮しながら叫ぶ。
「やったぁーー!・・・・・って、ちょっと待ってください。第1号って・・・・まだ誰もこの機械使ったことがないんですかぁ?
う、う、うそでしょう!!!」 わたしはその時、博士の名前の意味を理解した。
             
「そのとおり!言ってみれば処女マシーンじゃ。童貞くんじゃよ。豪紋商事さんに販売権を託す代わりに、実験台を提供して
くれる約束じゃ。君はそのために今日ここに来たんじゃないのかね?」
「ちょ、ちょ、ちょっと、課長!そんな話聞いてないですよ!」わたしはあわてて課長に言った。
「バカ!社運を賭けたビッグチャンスを逃すのか!これは上司命令だ。それに安心しろ。博士の経歴から成功率は1%。
これまで博士は99回失敗を繰り返している。だから次の1回は、確率論で言うと成功することになってるんだ。」
「そんなメチャクチャな計算、信じられるわけないじゃないですか!」とわたしは抵抗をやめなかった。
                     
「どうしたんじゃ?瀬久原君。もめてるようじゃね。 まぁ、君んとこが実験台を提供できないなら、販売権は握馬物産に変え
てもいいんじゃがね。」 博士は痛いところを突いてきた。
「えっ、握馬物産ですって?! あそこだけには負けるわけには行かないわ!わたしタイムマシーンに乗ります!」
わたしは握馬物産と聞いて、あのエステサロンの一件を思い出し、卑劣な連中に怒りが込み上げてきた。
「おお、そうか!乗ってくれるか!針筵くん、キミもだいぶ営業がわかってきたようだな。さ、さ、乗れ乗れ!」
課長は突然態度を変えたわたしに大喜びし、上着や持ち物をうやうやしく預かるとマシーンまで案内してくれた。
わたしがその簡易式トイレ型タイムトラベルマシーンとやらに入るとすぐにドアがバタンと閉められた。
「衝撃でちびっちゃいけないので、ズボンをおろして便器に腰掛けてくれたまえ。」博士が機械を操作しながら言った。
わたしは、外から見えない個室の中なので、しかたなく言われるとおり便器に腰掛けた。
するとまわりの壁が急にガラス張りになり、トイレいやマシーンの中が外から丸見えになってしまった。
「あぁっ!イヤァッ、み、見ないでください!!」わたしはビックリして赤面してしまった。
                  
「さあ、夢の時間旅行に出発じゃ!」 博士がスイッチを入れると、マシーン全体がガタガタと震え出した。
「あ、あの!いったいどの時代に行くんですか!?」とわたしが聞いた瞬間、目の前で強烈なスパークが起き、全身が
電気ショックを受けたようにしびれて、そのままわたしは気を失ってしまった。
           
それからいったいどれくらい時間が経ったのだろう?
わたしがようやく正気を取り戻した時、辺りは薄暗く無気味なほどに静まり返っていた。
(ここはどこ? ってゆうか、いつ?) わたしはかすむ目で周囲を見回したが、あのトイレもなければ、博士や課長の顔
も見当たらない。
そこへ誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
わたしはハッとして身構えたが、その時異様なことに気がついた。
これまで着ていた服の代わりに、いつの間にかチープな着物に着替えさせられている。それに、徐々に目が慣れてくる
にしたがい、今いるところが石の壁と太い角材で仕切られた小部屋であることがわかってきた。
              
「おい、出るんだ!詮議の時間だ!」 部屋の外にやってきた厳つい男がわたしに向かって怒鳴った。
「詮議・・・ってなんですか?」 わたしは意味がわからず、その男に尋ねた。
              
「とぼけるな!主人殺しの下手人め。有体に吐いてもらうぞ。」 男は大きな鍵をガチャガチャ鳴らして木でできた扉を
開けた。 よく見ると男はテレビの時代劇でおなじみの侍のようなかっこうをしている。
男は部屋に入り込むなり躊躇するわたしの手をつかみ、無理矢理外に引き出そうとしながら言った。
「この小伝馬町の女囚牢に入れられて生きて出られると思うなよ!」
「小伝馬町?女囚牢!?な、な、な、なんなの、これ?!」
             


※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります

 

 

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