会社にはわたしの味方はいない。てゆ~か敵ばかりだけど、こんなわたしにも社外には友達はいっぱいいる。
中でも一番の親友の唯(ゆい)から久しぶりにメールが入って来たのは、終業時間のチャイムとほとんど同時だった。
   
(突然、“会いたい”だなんて、唯、なにかあったのかな?)わたしは楽しみな反面、ヘンに勘ぐってしまった。
待ち合わせの7時に駅前の噴水前で待っていると、改札口の向こうからハデに手を振りながらやって来る女性が見えた。
(あいかわらず元気ね、唯は。) いつも明るく活発な唯がわたしは大好きだった。
            
「明日香、久しぶり~!4年前とちっとも変わってないね。」 「唯こそ、昔のまんまだよ。」
そう、唯とは小学校からの親友だけど、彼女が九州の大学に行ってそのまま就職して以来、帰省したときも会えず、もう
4年もご無沙汰していた。
わたしたちは駅前のカフェバーに席を求めることにした。
ひととおり昔の思い出話や4年間のお互いのできごとを話し終え、アルコールが適度にしみわたったところで、唯が急に
神妙な顔つきになってわたしに話しかけてきた。
            
「ねえ、明日香。お話したいことがあるんだけど。」 「いったいどうしたの?急にマジメ顔になっちゃって?」
わたしは、唯が特別な話があるのはわかっていたが、その顔つきがあんまりおかしかったんで、つい吹き出してしまった。
「実はね、明日香。」 「うん」 「わたしね。」 「うんうん」 「結婚することになったの!」 「・・・・・・・・・」
わたしはあんまり突然で、しかもストレートだったんで、とっさに返す言葉が見つからなかった。
「え、えーーーっ!ホント?唯、よかったね!!」
「ありがとう!明日香ならきっと喜んでくれると思ってた。だから誰よりも明日香に最初に伝えたかったの。」
唯が結婚する。 一瞬戸惑ったわたしも、徐々にその意味が鮮明になるにつれ、まるで自分のことのように嬉しくなってしまった。
なぜなら唯は昔からものすごく結婚願望が強かったからだ。 その理由は彼女の呪われた宿命にあった。
唯の苗字は御馬高(おまたか)といって、先祖はお殿様の馬まわりの世話をするお武家さんという由緒ある家柄だった。
家庭も明るく裕福で、しかもご自分で事業を営まれている人徳者のご両親の間に彼女は生まれた。
 
ご両親は最愛の娘に唯一無二の“唯”という名前をつけ、たいそう可愛がって育てた。
ご両親と唯本人が“呪いの宿命”に気づいたのは、唯が幼稚園に入った時だった。
「御馬高 唯ちゃーーん」と先生が何度も呼ぶ声を聞いているうちに、ハッと気がついたそうだ。
「御馬高 唯。 おまたか ゆい。 おまた かゆい。 オマタかゆい!!!」
                
その日以降、御馬高家から笑い声が消えうせ、人前で苗字と名前を続けて呼ぶことは絶対禁止となった。
こういうことだから、小学校、中学校、高校とそれぞれの学校で唯はさんざん辛い目にあった。
途中何度も改名しようとしたが、姓名判断で“無理に変えると不幸になる”と言われ、結局そのまま通してしまった。
名前でイジメられる唯をいつもかばってたのがわたしで、そんなことから二人は今に至るまで親友としてつきあっているのだ。
  
唯がこの呪われた宿命から解放される方法はただ一つ。それは結婚による苗字の変更しかなかった。
だから唯が結婚すると聞いて、二人はことのほか嬉しい気分になったのである。

結婚相手のこと、出会いのいきさつ等々を聞いているうちに、すっかりいい時間になってしまった。
「唯。今日はおめでたいお話し聞かせてもらったんで、わたしがご馳走するよ。ささやかなお祝いね。」
わたしはお会計を済ませて店を出たが、先に外で待っているはずの唯の姿が見えない。
(あれ?もう帰っちゃったのかな?) わたしが不審に思ったその時、通りの角から大きな声が聞こえてきた。
「おぅおぅ、どうしてくれるのさ!ええっーーー!!!」 「そ、そんなぁ・・・・・わたし・・・」
         
わたしは急いで角を曲がってビックリした。 唯がガラの悪そうな女3人に囲まれてオロオロしているではないか!
「ちょ、ちょっと!いったいこの子がどうしたって言うんですか?!」 わたしは怖かったけど勇気を出して叫んだ。
どうも昔から、唯のピンチを助けるのはわたしの役と決まってしまってるようだ。
「なんだ、おまえ?!まぁいい。 この女が、姐御のジャケットを汚しちまったんだよ。ほらっ!」
そう言われ、姐御らしき人物の着ている白いジャケットを見ると、たしかに大きな真っ赤なシミがついている。
                 
「唯、いったいどうしたの?」 わたしは青ざめて立ち尽くす唯に尋ねた。
「わ、わ、わたしじゃないの。 わたしがお店の前に立ってたら、この人たちがわざとぶつかってきて、それで、それで・・・
この人が手に持ってたワインのビンが割れて・・・・・・・わたしじゃないわ。」
「ヘンな言いがかりはヤメてください!」 わたしはよくある恐喝の手口と踏んで、女たちに言った。
「あんた、見てたわけでもないのに、何を証拠に言いがかりだなんて言うのさ?!」
「たしかに見てないけど、わたしはこの子を信じるわ!」
              
「とにかく、このジャケットはうちのボスから借りたもので、このまま済ますわけにゃいかないんだよ。事務所まで来てもらうよ。」
女たちはそう言うと、唯の手をつかんで無理矢理連れて行こうとした。
「よ、よしなさい!!警察を呼ぶわよ!」 わたしは唯の反対の手をつかんで引き戻しながら言った。
「上等だわ。呼べばいい。でもね、そしたらこの先もずっとこの女につきまとってやるよ。いいのかい?」
単なる脅しとは思ったが、反面この連中ならやりかねないと考え、わたしは言葉を詰まらせた。
辛い人生に終止符を打ってようやく幸せをつかみかけた唯に、そんな将来の不安なタネを抱え込ますわけにはいかない。
「さあ、来るんだよ!」 再び女たちが唯の手を引っ張り始めた。
「ま、待って! わたしが代わりに行くわ!だからこの子には何もしないで!」 わたしは思わず言ってしまった。
      
「明日香・・・・・」 唯が心配そうな目でわたしを見る。
(あっ、わたしのバカバカバカバカ・・・・何てことを言っちゃったの!!!)
でも、言ってしまった以上、もう後には引けない。「安心して。わたしなら大丈夫。行ってボスとやらにしっかり話をつけてくるわ。」 
どうやらわたしは根っから正義感が強く、理性の前にその正義感が突っ走ってしまう傾向があるようだ。
だから時々冷静な判断を欠いてひどい目に遭うことも多かったけど、今まで一度も後悔したことなんかはなかった。
「唯だか明日香だか知らないけど。じゃ、いいわ。あんたに代わりに来てもらうわ。友達の分まで、たっぷり謝ってもらうからね。」
わたしは女たちに両腕を左右からつかまれ、裏通りの路肩に停めてあった車に無理矢理押し込められた。
後部座席から後ろを振り向くと、さっきの場所にまだ唯は気が抜けたように立ち尽くしていた。
      


※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

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