「す、すみません!!とにかく、すぐまいります!」 わたしはあわてて受話器を置いた。
「どうした、針筵くん。何かあったのか?」 わたしの動転ぶりに、瀬久原課長がびっくりして尋ねてきた。
                       
「礼鉄ストアの閑古鳥店さんから頂いた注文品の発注の手配をわたしが忘れてしまったようなんです。それで店長がカンカン
に怒ってまして・・・・いま、すぐ謝りに行ってきます。」
わたしは取るものもとりあえずオフィスを飛び出していった。
もちろんわたしは知るはずもなかったが、わたしが出かけた後、坪根さんが課長にこんなことを言ってきた。
「瀬久原課長。わたし知ってますよ。この前の佐渡部長の命令。」
「坪根くん、いったい何のことかね?」 瀬久原課長はとぼけた顔をして坪根さんに尋ねた。
「あの子の仕事を妨害し、大ミスさせろ!って命令よ。で、伊闇さんと肝井君が山賊に扮して待ち伏せしたけど見事に失敗し
ちゃったってこと。」
         
「なぁ~んだ、バレてたのか。いや、そのとおりだ。」
「課長、その妨害任務、わたしにやらせてくれない?わたしならきっとうまくやるわ。」
「うまくやるって、どうやるんだ?」
「ほら、これを見てよ。」 坪根さんはそう言うと、1枚の紙を課長に見せた。
「ん?これ、発注手配書か?なになに・・・・礼鉄ストア閑古鳥店。 あっ!」
「ね、さっそく威力を発揮したでしょ。あの子、自分で発注を忘れたと思って、あわてて飛び出して行ったわ。はははははは」
「よし、キミに任せた!思う存分やってやれ。あとのフォローはオレがするから。ヒヒヒヒヒ・・・」
                   
次の日のお昼だった。 わたしが昼食に席を立とうとしたところへ、また礼鉄ストア閑古鳥店の店長から電話が入った。
「えぇっ!!また納品されなかったですって!? そ、そんな・・・今度はちゃんと発注を手配しましたけど・・・・・えっ?来てない?
うちを馬鹿にしてるのか!ですって? そ、そんなつもりは毛頭ございません、店長! 豪紋商事とは取り引き停止?!
そ、それはご勘弁下さい!! 今すぐ何とかします。 ダメ?もう遅い? あぁっ、て、店長!!!!!」 ツー・・・・電話が切られた。
                      
「おい、針筵!!いったいなんだ、今の電話は!」 隣でわたしのやりとりを聞いてた瀬久原課長が激怒して言った。
「閑古鳥店の店長で、また注文品が納品されなかったって怒ってらっしゃるんです。」
「そんなことは聞いてりゃわかる。それより、取り引き停止って何だ?!そんなことになってみろ、我が社にとって大損失だぞ!」
「わかっております。で、でも、信じてください。わたし確かに発注の手配はしました。なのに・・・・・」
「実際納品されてないのに信じられるか!まぁいい、オレが店長と話をつけて怒りをおさめてもらう。おまえは口を出すな!」
                      
その後、瀬久原課長は長々と閑古鳥店長と電話で話をし、最後は笑いながら受話器を置いた。 この時ほど課長が頼もしく
見えたことはなかった。
「ど、どうでした?」
「オレに任せろと言ったろ。万事丸くおさまったよ。 オレが一筆詫び状を書くから、おまえはすぐ店長のとこへ持って行け。」
課長はサラサラとレポート用紙に文章を書くと、課長印を捺して封筒に入れ厳重に封をした。
「課長。すみません。ありがとうございました。」 わたしはホッと胸をなでおろし、封筒を受け取るとすぐに閑古鳥店に向かった。
          

店に着くなりすぐに店長室を訪ねると、そこには店長のほかに副店長、パートチーフも来ており、一斉に怒りの表情でわたしの方
を振り向いた。三人の顔はお世辞にも接客業に向いているとは言えないものだった。
「このたびの連続の納品ミス、本当にご迷惑おかけしました。申し訳ございません!」 わたしは入口に立ったまま大声で謝った。
   
部屋の奥のデスクに陣取った店長は冷たい視線をわたしに投げかけると、「こっちに来い。」とわたしを呼び寄せた。
「あんたのミスのおかげで、こちとら大きな機会損失を受けてるんだ。この代償はでかいぞ。」とビシッと言うと、「あれは持って
だろうね?」とわたしに尋ねた。
「あ、あれ? あっ、お詫び状ですね。」 わたしは察し、すぐさまバッグから課長が一筆したためてくれた例の封筒を取り出し
店長に手渡した。
店長はしばらくその詫び状を読んでいたが、やがて意地悪そうな笑みを浮かべジロリとわたしの方を見た。
                                           
「いいだろう。これで今回の一件は水に流してやる。」
「あ、ありがとうございます!以後注意いたします!」 わたしはホッと安心して店長に言った。
「以後?・・・以後じゃないだろ。たった今すぐに、約束を履行してもらおう。」
「約束?履行? す、すみません、いったい何のことでしょう?」 わたしは意味がわからず、キョトンとして店長に尋ねた。
「あんた、これの内容を聞いとらんのか?ほれ、読んでみろ。」 そう言うと店長は詫び状をわたしに突き出した。
『このたびの不祥事、まことに申し訳ありません。 お詫びのしようもございませんが、せめてもの弊社の誠意の証として、
この者を一週間無償で労務提供させることをお約束します。奴隷か家畜と思って、煮るなり焼くなりどうぞお好きにして
頂いて構いません。   ○年△月×日  豪紋商事(株)営業1部営業1課 課長 瀬久原 根地雄』
                        

「え、えぇぇぇぇぇーーーーっ!!ど、奴隷?家畜?! そ、そんなぁ・・・・・」
「どうだ。これはおたくの課長の方から提案してきたものだ。恨むなら課長を恨め。ま、せいぜい一週間頑張るんだな。」
店長は呆然とするわたしをよそに至極満足そうな顔をして、「おい、こいつを連れて行け!」と副店長に指示した。
「こっちに来るんだ!」副店長とパートチーフが左右から挟むようにわたしの両腕をつかんできた。
(な、なんなの、これ!? これじゃまるで収容所に送られた囚人じゃない!!)
           
わたしは愕然としたが、相手に損失を与えたのは事実だし、課長が約束してしまった以上、反論することはできなかった。
店長室から連れ出されたわたしは、副店長とチーフに導かれて暗い通路を進んで行った。
「覚悟するんだな。夜も眠れないくらい、たっぷりこき使ってやるぜ。」
前を歩く副店長がうしろを振り向きながらわたしに言った。
こうしてわたしの地獄の一週間が始まった。
         

その頃、豪紋商事営業部では・・・・
「おい、坪根くん。針筵くんの行動予定表んとこ、一週間“出張”って書いといてくれ。」
「あら、課長。それじゃ、うまくいったのね、あの計画。うふふふふふふ」 嫌らしい笑みを浮かべながら坪根OLは壁に掛かって
いる行動予定表のホワイトボードのわたしの欄に“出張”とペンで大きく書き込んだ。
「ああ、まんまとな。 一週間後、出社した時のあいつの顔が楽しみだ。ま、いい勉強ってとこだな。」

「えぇーーーっ!こ、これ全部ですかぁ・・・」 わたしは礼鉄ストア閑古鳥店の3階にある家電売場のバックヤードで悲鳴をあげた。
「そう、全部よ。ここにある古くなったテレビ、冷蔵庫、洗濯機、全部処分するから、1階に下ろすの。そうそう業務用エレベーター
は故障中だから裏階段を使ってね。」 パートチーフのおばさんが、唖然とする私を気にもとめず平然と言った。
どれもこれも重量級の家電をわたしは両手で抱えて階段を一歩一歩ゆっくり下ろして行った。
あまりの重さに指が千切れそうになり踊り場で休もうとすると、監督のパートチーフの鞭がわたしに容赦なく襲いかかってきた。
                                              
「オラオラ!休んでるヒマなんかないわよ! わたしは残業できないんだからね。」
結局、大型家電30台を全部下ろし終えるのに休みなしで5時間かかったが、その時わたしは足はガクガクで、指先はもちろん
腕の感覚すらマヒするくらいヘトヘトになっていた。
パートチーフが帰ると入れ替わりに家電売場の主任が現れ、わたしがやっとの思いで下ろし終えた家電の山を見て怒鳴った。
「おい、おまえ!何てことしたんだ!冷蔵庫は屋上の倉庫に上げろって言われただろ!」
「へぇ~!!そ、そんな・・・全部下ろせって言われましたけど・・・あのパートチーフさんに・・・」と言って振り向いたが、もうパート
チーフのおばさんの姿はなかった。
                             
それから再び3時間かけて、今度は冷蔵庫を屋上の倉庫に持って上がることになった。
最後の1台を倉庫に収めた時、わたしは全身の力が抜けて床に崩れるようにしゃがみこんでしまった。そこへ店長が現れた。
「ずいぶんと時間をかけたもんだな。まぁいい、今日はこれくらいで勘弁してやろう。」そう言うとペット用の首輪を取り出しわたし
の首に取り付け倉庫の柱とつなぐと、扉をバタンとしめガチャガチャと施錠して行ってしまった。
                          
(ひ、ひどすぎる・・・・人権侵害もはなはだしいわ。こんなんじゃ一週間なんてとても持たない・・・・) 
わたしは強い不安に襲われたが、疲労はそれをはるかに勝り、いつしか深い眠りに落ちて行った。
       

テキスト ボックス: つづく

 




※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

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