「ほ、本当ですか!課長。」 わたしはあんまり驚いたものだから、朝からつい大声を出してしまった。
「本当だとも。キミもだいぶ営業と言うものがわかってきたようだし、そこそこ話せるって聞いてるからね。」
     
課長のデスクに朝一番で呼ばれ、いったい何を言われるのかと思ったら、海外出張の話だったのである。
「課長。わたし海外出張って夢だったんです。で、どこなんですか、出張先は?パリ、ニューヨーク?それともロンドン、
ミラノ?」 わたしは世界の有名都市でグローバルに活躍するビジネスマンを思い浮かべながら夢見心地で尋ねた。
              
「アメリカさ。」 課長はさりげなく言った。
「ああ、やっぱりNYですか?でなかったらロサンゼルスとか?」
「キミも想像力が豊かだね。でも早とちりするな。アメリカといってもキミに行ってもらう先は南アメリカだ。」
   

成田からNY経由で24時間かけてブラジルのサンパウロへ。そこからさらに飛行機で4000km、4時間の旅を経てようやく
マナウスという町に到着した時には、海外出張慣れしていないわたしは時差ボケと猛烈な高温でもうヘトヘトだった。
「えぇっとぉ・・・・ホテルピラニアっと。」 わたしは課長が書いてくれたメモを頼りに、指定のホテルを探した。
そのホテルで現地の案内人と会い、そこから目的地まで案内してくれることになっていたのだ。
やっとの思いで探し出したホテルは“歴史的建造物”と言ってもいいくらい古いもので、早い話がオンボロホテルだった。
             
ホテルのロビーに入るとすぐに一人の日系人風の男性がわたしに近づいてきた。
「ボァタールジ!アスカ ハリムシロさん?」 男は人なつっこい表情でわたしに語りかけてきた。
「は、はい。明日香 針筵です。増田(ますだ)さんですか?」 わたしは目当ての人がすぐに見つかってホッとした。
「ハイ。でもマスダではなく正しくはマスタです。」と言って1枚の名刺をわたしにくれた。
名刺を見ると“ベーション増田”とある。 増田は“ますだ”でなく“ますた”ということなので・・・・・ちょっと言いづらい名前(汗)。
       
「長旅でお疲れでしょうが、セクハラ課長さんから大至急との指示を受けていますので、さっそく仕事の話をしましょう。」
(な、なんと・・・・こんな遠く離れた地球の裏側でも課長の荒っぽい人使いに振り回されるとは・・・・)わたしはゲッソリした。
仕方がないので、旅装も解かずにロビーのソファーでわたしたちはこれからのスケジュールについて相談することにした。
              
「えぇっ!い、今からですか?今すぐに?・・・・」
「ハイ。10分後に目的地行きのバスが出ます。それを逃すと次のバスは3日先ですから。」
わたしはせめて一泊くらいこのホテルに逗留できるものと思っていたが、経費節減でホテルの予約は入っていなかった。
そしてポンコツバスに揺られること3時間。その先は道がないのでベーション増田氏の自家用小船で水路を行くらしい。
これがあの有名なアマゾン河だ。全長6400km。その流域面積は日本の約18倍。とにかくすごい河である。
 
 

「アマゾンの天然資源を利用して新しいエネルギー源を開発したアマゾンキングという男がいる。その人物が日本での
提携企業を探しに近々来日する。我が社は何としても彼とパートナーシップを組みたい。そこで、アマゾンキング氏を
日本で接待するにあたり、彼のあらゆることを知っておきたいんだ。性格、趣味、思想、好きな食べ物、苦手なもの等々。
そこでキミに先に現地に行ってアマゾンキング氏に接近し、その辺の情報を収集してきてほしいんだ。接待に成功すれば
ライバル会社と大きく差をつけることができる。ただしけっして我が社の人間だということを明かしてはならないぞ!」
 
果てしなく広がる大河を見つめながら、わたしは出張前に瀬久原課長から言い渡された指示を思い出していた。
(そんなすごい人に簡単に接近できるのかしら?会えたとして、どうやってプライベートな情報を聞き出したらいいの?)
わたしはまったくどうしていいかわからなかったが、「なるようになれ!」がわたしのモットーなので、とにかく行くだけ行って
それから状況に応じて考えるつもりだった。悪く言えば能天気。良く言えばポジティブ思考。これがわたしの取り柄だと思ってる。
やがてわたしたちを乗せた小船は徐々に細い水路に入って行き、気がついたときには周囲はすっかり鬱蒼としたジャングル
に囲まれていた。
     
ガクン!!! そのとき突然船が衝撃に揺れたかと思うと、ガガァーーン!!と何かが船底にぶつかった。
ベーション氏はあわてて船の舵を操作したが如何ともできず、パッと近くの岸に飛び移ると「グッドラック!」と言って逃げて
行ってしまった。
「な、な、な、なんなの!!!わたしを置いてかないでください!ベーションさぁーーーん!」

わたしはビックリして大声で叫んだが、ベーション氏は振り返りもせずジャングルの中に一目散に消えていってしまった。
正体不明の危険の接近に、わたしも船を降りようとした瞬間、船は急激に川の中央に引き戻されはじめた。
メキメキメキッ!!船尾で突如起きたすごい音に振り返ると・・・・な、なんと、巨大なワニが船に喰らいついているではないか!
           
「じょ、冗談でしょ!!こんなのないわ!」わたしは急いで船首に向かおうとしたら、今度は船首にも別のワニが出現した。
「キャァァァァァァァァ!!!助けてぇ~!!!」 その声が合図になったのか、四方八方からワニの群が一斉に小船に押し寄せ
てきた。「あぁ、もうダメーーーーーーーーーーーー!!!」
     



とても快適なベッドに心地良い室温、それに癒される音楽。 ここは・・・? そうだ、わたしはワニの群に襲われて・・・・その先
の記憶がない。はっ、もしかしたら、ここは・・・・・天国? ってことは、わたし死んじゃったの!!!
わたしはビックリしてベッドの上に飛び起きると、目の前には見知らぬ老人の笑顔があった。
「お目覚めですか?」
   
「こ、ここは・・・・天国でしょうか?あ、あなたは・・・・もしや神様?」 わたしは恐る恐る尋ねた。
「ハイ。ここは天国ですよ。ただし地上の楽園。そう、アマゾンキング様の邸宅です。 ジャングルの川岸で倒れられていた
あなた様をこの爺めがたまたま発見したのでございます。」
「あなたがわたしを助けてくれたんですか・・・・」
「ハイ。失礼ですがあなた様の身元がわかりませんでしたので、持ち物を調べさせていただきましたら、アマゾンキング様
のお名前が書かれた紙がありましたので、こちらにお連れしたのです。」
                     
その時、立派なドアが勢いよく開かれ、一人の大男が部屋に入ってきた。
「やぁ客人。ご気分はいかがですかな?」 大男はわたしのベッドの脇まで来て、見下ろすようにわたしに言った。
「アマゾンキング様でございます。」 爺がわたしに大男を紹介した。
「あ、あなたが、ア、ア、アマゾン・・キングさん・・?」 わたしは心の準備もなしで突然目的の人物に対面しすっかり取り乱して
してしまった。
       
「ほほぉ、私のことをご存知とは。見たところ東洋の、イヤ日本のお方のようですが。」
わたしは咄嗟に周囲を見回し、そこにわたしの荷物があることを確認すると、中から一つの小箱を取り出した。
「じ、実は・・・・えぇっと・・・わたし、あなたのファン、そう大ファンなんです!週刊誌であなたの記事を読んで、どうしてもお会いしたく
なってここまで来ちゃったんです!は、はじめまして、明日香と申します。 こ、これ、つまらないものですが、日本のお土産・・・・・」
我ながら的確とは言えないぎごちないアドリブだったが、わたしはこのチャンスをなんとか生かそうと懸命だった。
アマゾンキング氏はわたしの手から箱を受け取るとフタを開け、中から日本人形を取り出した。
                
「あなたの目的はよくわからないが、これは素晴らしい人形だ!」とアマゾンキング氏は満足そうに人形を眺めていたが、ふと
人形の下に小さく書かれた文字を見つけ、「何と書いてある?」と爺に尋ねた。
爺が拡大鏡を取り出してその文字を読む。「はい、MADE IN JAPANとありますな。」
「なるほど、わかった!日本人のメイドか!いいだろう、私の邸宅で使ってあげよう。爺、メイドの服を用意してさしあげろ。」
「へぇっ!?メイド??? ち、ちがいます!」 そんなわたしの言葉は通用せず、どこでどう間違ったかメイド服に着替え
させられたわたしは、メイド部屋に連れて行かれることになってしまった。
ああ、早くもイヤな予感が・・・・・・
  


※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

 

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