会社から駅に向かう途中に、ちょっと暗い脇道に迷い込んだ人だけが偶然発見できる小さな居酒屋「はっさん」がある。

もともとはハッサンというトルコ料理のお店だったが、オーナーのハッサン・アデルム氏があんまり頑固な職人さんだったので
次第に客足が遠のき、ハッサンならぬ“破産”に追いやられ閉店を余儀なくされてしまった。
そのあとにできたのがこの居酒屋だったが、お店の名前はひらがなに変わったものの「はっさん」をそのまま受け継いでいた。
なぜなら、居酒屋のマスターが熊山八太郎という人で、通称“はっさん”と呼ばれていたからだ。
わたしはこのお店が気に入っていた。というより、マスターのはっさんの人情味があって屈託のない性格が好きだった。

だから会社で辛いことがあったときなどは、よく一人でふらっと立ち寄るのである。
どんなに疲れていても、辛い思いをしていても、マスターのはっさんと会話をするととっても元気になるから不思議だ。
わたしにとっての“はっさん”は、まさにストレス発散の“はっさん”だったのである。
ここのところ残業続きでかなり疲れがたまっていたわたしは、その日久しぶりに“はっさん”ののれんをくぐった。
「やあ、明日香ちゃん。久しぶりだね。」 いつものはっさんの温かい笑顔がわたしを迎えてくれて、ホッと心が和む気がした。

「ごめんなさい、すっかりご無沙汰しちゃって。あら、お客さんいませんね。」 小さいお店だからあんまり客席はないのに
いつ行っても空いているのが気になってはいたが、自分にとってはゆったりできるので正直言うと嬉しかった。
「ああ、月曜の7時じゃあ、こんなもんさ。」 はっさんは話し相手を待ち構えていたように嬉しそうに言った。
お酒を味わいながら、しばらくはっさんの手料理を楽しんでいたわたしに、あらたまったようにはっさんが語りかけてきた。
「明日香ちゃん、相変わらず仕事大変そうだね。体をこわさないようにしないと。」
「ありがとうございます。でも、わたしこう見えて結構タフにできてるんで大丈夫ですよ。(笑)」

「そうかい?それにしても明日香ちゃんは、いろいろ苦労してきているように見えるけど、そんな雰囲気を微塵も見せない
ところがエライよね。」はっさんは熱燗の温度を確かめながら言った。
「あら、苦労してきたように見えますか?」
「気に障ったらごめんね。でも、オレもさ、これまでいろいろやってきた口だからさ、苦労人ってのは見るとわかるんだ。」
「でも、わたしの苦労なんて、はっさんのと比べたら大したことないですよ、きっと。(笑)」
そんなとりとめもない会話をしばらくしているうちに、わたしはいつになく飲みすぎてしまったようで、いつのまにかボンヤリと
子供の頃を思い出しながらポツリポツリと語り始めていた。

幼かった頃、わたしは泣き虫だった。
当時わたしの家庭はちょっと複雑だったので、それをネタによく近所の悪童たちにいじめられて泣きながら帰ったものだ。
そんなときいつもわたしを助けてくれたのが、三つ年上の姉だった。
しかし、わたしが小学校2年生の時に両親を失くすと、わたしたち姉妹はそれぞれ遠くの親戚に引き取られて、二人は離れ離れ
になってしまった。

それ以降、わたしは「もう決して泣かない。」と誓った。そして姉のように「優しく正しく強い子になるんだ。」と誓った。
わたしの根っからの強い正義感は、きっと姉譲りに違いない。
間違ったことが大嫌いで、それを見ると居ても立ってもいられなくなり、男だろうが上級生だろうが相手構わず無我夢中になって
立ち向かっていってしまう。
こんな性格だったから、小学校、中学校とけっこうケンカが絶えず、そのつど義親に「もっと世渡りがうまくなれ!」と怒られた。

女子高に入ってからも、上級生の不良グループの下級生いじめをどうしても許せず、いつもガードの役割を担っていた。
そんなわけで、いつの間にかか弱い生徒たちから“守護神(ガーディアン)”のような存在として慕われるようになり、2年生に
なると級長に推薦された。

わたしの高校にはレディ・バンパイアという3年生のスケバングループがあり、うちのクラスの子たちもよく被害に遭っていた。
「2年B組はわたしが守るわ!」 級長としての責任感というより、やはり不正に対する純粋な憤りがわたしをそう決意させた。
何度も恐喝、暴力現場にわたしが乗り込んで行ってバンパイアのメンバーを撃退したものだから、やがて連中はわたしを目の
仇に思うようになった。

ある日のことだった。 クラスメイトの湯田さんがわたしのところに悩み顔で相談に来た。
「明日香。助けてほしいの。」
「湯田さん、いったいどうしたの?わたしにできることなら何でもするわ。」 わたしは湯田さんの手を握り励ますように言った。

「実はバンパイアからお金を持って来いって脅されているの。」
「わかったわ。そんな勝手なことはわたしがさせないから安心して。」
わたしは湯田さんがバンパイアから呼び出しを受けている時間に指定の場所まで同行することにした。
夕方の6時。指定場所の体育館の倉庫に着くと、まだバンパイアの連中は来ていなかった。

「明日香。サイフを預かってくれない?私、持ってるのが怖いの。」湯田さんが怯えるように言ったものだから、わたしは「いいわ。」
とサイフを受け取ろうと手を差し出した。
その時。ガシャッ! 「えっ!?」 差し出したわたしの手に湯田さんが金属製の手錠をかけた。
「あはははははは・・・・油断したわね、針筵 明日香!」 突然倉庫の入口で声がし、振り返ると、そこにはレディ・バンパイアの面々
が立ち並んでいた。

「湯田さん。こ、これ・・・どういうこと?!」 わたしはびっくりして湯田さんに尋ねた。
「ごめん、明日香。こうするしかなかったの・・・・」 湯田さんは驚くわたしの顔から目を背けて小声で言った。
「どうだい、仲間に裏切られた気分は? 救い主のイエス・キリストも最後は弟子のユダに裏切られたんだ。いくらケンカが強い
おまえでも、両手の自由を奪われてはどうすることもできないだろう? あはははははははははは・・・・」
レディ・バンパイアのヘッド土羅倉 牙美(どらくら きばみ)が勝ち誇ったように言った。

「おい、やっちまいな!」牙美の号令で手下どもは鉄パイプやチェーンを手にして一斉にわたしに襲い掛かってきた。
あとは文字通り袋叩きの状態で、わたしは散々打ちのめされその場に気を失ってしまった。

「キャァーーーッ!明日香ーーー!!」 甲高い叫び声にふと我に返ったわたしは、体育館のろくぼくに手足を大の字に広げて縛り
上げられていることに気づいた。 う、うぅぅぅぅぅ・・・・・全身がズキズキ痛む。 さっきの袋叩きによるものだった。
まだボンヤリする頭を持ち上げて正面を見ると、バンパイアのメンバーが意地悪そうな目つきでわたしを眺めている。
そして、その奥には・・・・なんと2年B組のクラスメイトたちが驚愕の表情でオロオロしながらわたしを見つめているではないか!

「気がついたようね。ほら、クラスのお友達も招待してやったよ。」 ヘッドの牙美がわたしのそばに来てくわえタバコのまま言った。
「い、いったい、なにをする気?!」
「ガーディアンだかカーディガンだか知らないけど、とにかくウザイんだよ!今からおまえが“もう我々の邪魔立てをしない”って
土下座して誓うところを、おまえの仲間たちに見せてやるのさ。」

「いやよ!あなたたちが下級生や弱いものいじめをやめない限り、わたしは彼女たちを守るわ!」
「さあ、それはどうかしら?今から私らのスペシャルリンチを受けて、それでも同じせりふを口にできるかしら?」
「卑怯よ!そんなやり方!」
「フン、卑怯?上等じゃない。世の中、正攻法だけじゃ生きていけないってことをたっぷり思い知らせてあげるわ。それにこれ
まで私らをさんざん邪魔した罰も合わせてね。覚悟しな!」
牙美が一歩下がると、代わりに手に革ベルトを持った二人のスケバンがわたしの前に進み出た。

二人は思う存分わたしの体にベルトの鞭を炸裂させ、おかげでわたしの制服はボロボロに引き裂かれてしまった。
剥き出しになった肌には無数の傷が刻み込まれ、そこから流れ出た血が白い制服を赤く染めていた。

1時間もの鞭打ちに二人がすっかり疲れ果てると、代わって再び牙美がわたしのそばに立った。
そして制服の胸元のホックをビリビリビリッと大きく開きブラジャーを強引にむしり取ると、わたしの乳房を露に引き出した。
「どう?少しは気が変わったかしら?」 牙美はわたしの乳房を指先で愛撫しながら言った。

「うぅぅ・・・、このくらい・・・な、なんでもないわ・・・・。」わたしは全身を覆いつくす痛みを堪えながら言った。
「これでもかい?」 わたしの答えにムッとした牙美は、いきなりくわえていたタバコの先をわたしの左の乳首に押し付けた。
ジリジリジリジリ・・・・・・ 「あつっ!あ、うぅぅぅぅぅ・・・・」 わたしは眉間にしわを寄せもがきながら必死に猛烈な熱さを我慢した。
あたりに肉が焦げるなんとも言えない異臭がたちこめる。
「明日香!もう、いいの、これ以上我慢しないで!」「私たちは構わないから!」 クラスメイトたちは見るに見かねて叫んだ。

牙美はしばらくタバコを押し続けていたが、さらに新しいタバコに火をつけ十分ふかすと、今度は反対側の乳首にそれを押し付けた。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「さあ、言いなっ! “もうあなたたちの邪魔はしませんからお許しください”ってさ!」
「い、いやよ!あなたたちなんかに・・・ま、負けないわ、わたし!」

「もうやめてーーーー!」「これ以上、明日香に乱暴しないでーーー!!」 わたしよりむしろ傍で見ているクラスメイトたちの方が
この凄惨なシーンに耐え切れなかった。
そのあとも、剣道の竹刀で滅多打ちにされたり、全身の傷口に塩をぬりこまれたりと、残酷極まりないリンチがわたしに加えられた。
もちろん陰部に対する屈辱的な責めもいくつも行われ、途中失神するたびにわたしは水をかけられ正気に戻された。

こうしてクラスメイトたちが見守る中、延々と続くリンチがようやく終わったのは夜明け近くだった。
夜通しのリンチにわたしは心身ともにボロボロになっていたが、連中の方もどんなに責めても屈しないわたしにとうとう根負けし、
最後はあきらめて倉庫室から立ち去っていった。

その後、バンパイアのメンバーはどうやらわたしに一目置いたらしく、けっして2年B組の生徒に手を出すことはなかった。
わたしを陥れた湯田さんも、バンパイアに脅されて仕方なくやったこととわたしは決して咎めはしなかったので、今では大の親友
となっている。
と、まぁ、こんな修羅場がわたしの青春時代には数え切れないほどあった。
でも、いつもわたしには心を開いて語り合え、支えてくれる友達がいた。だからどんなに辛いことも耐えることができた。
「ふ~む。やっぱりスゴイよ、明日香ちゃんは。」
相槌を打つ声にハッと気がつくと、目の前ではっさんが瞑想するように腕組みをしてわたしの話に聞き入っていた。

「あら、やだ!わたし、お酒の勢いで、なんかつまらないことペラペラ喋っちゃったみたい。ごめんなさい、はっさん。」
「いやいや、オレこそ、そんな話を聞かせてもらえて・・・・なんて言っていいか・・・・とにかく驚いたよ。大変な思いをしたんだね~。」
「でもね、はっさん。わたしこれまでの人生が不幸だったなんて、これっぽっちも思ってないんですよ。どんな時も自分が前向きに
なれば、必ずいい人たちに出会えてきたんですから。嵐の海に揉まれても、希望さえすてなきゃ、きっとどこかの港にたどりつける
そう信じているんです。だからこそ、はっさんみたいないい人にも出会えたじゃないですか!ねっ(笑)」
きっとこれからも今まで以上に辛いことは山ほどあるだろう。
でも、わたし、負けないわ! とわたしは今夜あらためてそう誓った。

※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。