「ということで、今年の慰安旅行の幹事は営業1課の肝井くんと針筵さんにお願いするわね。」
佐渡部長のこの一言で、本日の営業部合同ミーティングは終了した。
         
「おまかせ下さい!最高の旅行を企画してみせます!」
すかさず瀬久原課長がいつもながら調子のいい返答をした。まったくゴマスリは天下一品なんだから。
そう、わたしたち豪紋商事営業1部では、毎年一回営業部全体の慰安旅行が行われており、幹事は持ち回り制で、今年はわたし
が所属する営業1課の番だったのだ。
「明日香さん、よ、よろしく、たのむっす・・・」 肝井さんが自信なさそうな顔で幹事パートナーとなったわたしに言ってきた。
「は、はい、肝井先輩。こちらこそよろしくお願いします。幹事だなんて初めてですから。」 わたしも当然自信はなかった。
会議室からオフィスに戻る廊下でそんな二人を見ていた瀬久原課長が声をかけてきた。
「なんだ、なんだキミたち。自信なさそうに言うなよ!大丈夫、オレがしっかりサポートしてやっから。まかせろ!」
                   
課長はこういった催し物となると燃えるタイプらしく、ふだんの仕事中よりも顔を輝かせながら満面の笑みを浮かべて行ってしまった。
でも、わたしのイヤーな予感は当たった。
肝井さんはまったく動かず、頼りの瀬久原課長も「オレ、今忙しいから。」と逃げ回り、結局旅行の行き先や旅行会社との交渉から
旅館との打ち合せ、飲み物食べ物の手配まで、わたし一人でやることになってしまった。


そしていよいよ旅行当日・・・・・。
営業部総勢40名が乗り込んだ大型バスは定刻どおり正午12時ピッタリに会社前から出発した。
        
会議の時は遅刻者が多いのに、宴会や旅行となるとみんな時間厳守だから不思議なもんだ。
ところが、バスが走り出すや 「お~い、幹事!酒だ酒だ!!」 
「え、えぇっ!!も、もうですかぁ?!」 
                 
出発後10分以内に、早くもバス内は宴会場と化してしまった。 ハァ~、この先が思いやられちゃう・・・
開放的な雰囲気とバスの心地良い揺れで、すっかりみんな酔っ払いとなったが、わたしは幹事ということで完全にウェイトレスか
ホステス役にされてしまった。
肝井さんはというと・・・・あれっ!なんで幹事なのに飲んでるのぉーーーーー! もう!!(怒)
  
中でもタチの悪いのはわたしの上司の瀬久原課長だった。
バスの揺れを理由に、いきなりバスガイドさんの胸をつかんだのだ。
「か、課長!やめてくださいっ!!」 わたしはビックリして半べそをかくバスガイドさんに謝りながら課長に向って言った。
    
「ありゃ、これは失敬!う~む、認めたくないものだな、自分自身の酔った勢いでのあやまちというものを・・・・ヒック」
「そんなどっかで聞いたようなセリフ言われても困ります!いい加減自重してください!」
「バカ!オレは次長じゃなくて課長だ!なぁ~んちゃって。ガハハハハ・・・・・ ブツブツブツ・・・・ グ~ガ~グ~ガ~・・・ZZZZ・・・・」
あれ、寝ちゃった・・・・。
そんなセクハラ&パワハラ地獄と化したバスも無事に目的地に到着し、わたしはホッと一安心した。
“信州 由鮫(ゆざめ)温泉”  わたしが考えに考え抜いてチョイスした秘湯の温泉旅館だ。
         

でも宿に着くや一息つくヒマもなく、チェックインの手続き、全員の部屋割り、そして夜の宴会場の下見と段取りの確認など、幹事は
やることがいっぱいだ。 案の定、肝井先輩は酔いつぶれて気分が悪いって部屋で寝込んじゃって、わたし一人でやるハメに。
(慰安旅行だなんて名ばかり・・・・これじゃぁ、日常業務の方がまだラクだわ。)
  

みんなは三々五々、温泉に入ったり部屋で休んだりして過ごしたが、幹事のわたしはそんなヒマもなく、気づいたらもう6時。宴会の
始まる時間じゃない!!
その後、2階の大広間で繰り広げられた酒池肉林の大宴会の中身はもうお察しのとおり。
課対抗のかくし芸大会やカラオケのど自慢、あげくの果ては野球拳で盛り上がり、この日ばかりは無礼講ってことで瀬久原課長の悩殺
はだか踊りまで登場し、文字どおり飲めや歌えやのドンチャン騒ぎ。(あ、課長はいつも無礼講だっけ・・・汗)
 
でも、心置きなくバカ騒ぎして楽しむ営業部のみんなの嬉しそうな顔を見ていると、なんだか幹事やってよかったなって思えてきた。
            

ちょうどその頃、旅館の入口に立つ4つの影があったなんて、わたしは知りもしなかった。
「社長、これ見てください。」「ほう、豪紋商事営業一部御一行様か・・・」「ってことは、“あいつ“も来てるのね、ここに。」
「予約なしでフラッと立ち寄ったら、こんな“獲物”に出会えるなんて。」「ふふふふふ・・・なんだか面白くなってきたわ。」
「ひひひひひひひひひひひひひひ・・・・・・・・・・・」
         
4人はそんな会話を交わすと玄関ののれんをくぐり、フロントでチェックインの手続きをした。
宿帳に書かれた署名は・・・・麗図 美杏(れいず びあん)、矢良 椎乃(やら しいの)、未鱈 菜子(みだら なこ)、笛羅 千緒(ふえら ちお)。
   

大盛況の宴会もようやくお開きとなって、全員フラフラの千鳥足で各々の部屋に帰っていった時、時計の針は既に11時を回っていた。
(あー、終わった終わった。これでようやくゆっくりくつろげるわ!) わたしはよく頑張った自分自身を慰労するため、部屋に戻ると
さっそく温泉に入りに行く準備をはじめた。 すると・・・
    
プルルルルルルルルルルーーー・・・ 突然、部屋の内線電話が鳴った。
「はい、幹事部屋の針筵です。」 わたしが電話を取ると、相手はなんと佐渡部長だった。
「お疲れのところ悪いけど、今すぐ部屋に来てくれないかしら?」
「は、はい・・・。なにか不都合でもありましたでしょうか?」
                     
「来ればわかるわ。」 電話が切られた。
(佐渡部長ったら、何かしら、こんな時間に・・・・) わたしはまたまたイヤーな予感がしてきたが、幹事である以上面倒を見なければ
ならなかったので、仕方なく部長の部屋に向った。
「針筵です。」 「入ってちょうだい。」 「失礼します。」 わたしは言われるまま部長の泊まられている部屋に入っていった。
佐渡部長は大きな背もたれのある籐椅子に腰掛け、すっかりくつろいでいた。 少々お酒が入り、いつも以上に妖艶な雰囲気をかもし
出していて、まるで往年の映画「エマニエル夫人」を髣髴とさせるものがあった。
たしかに女のわたしが見ても魅力的な女性だとは認めるけど、だからといって部長の特殊な趣味まで理解するのは無理であった。
                 

「幹事さん、とてもよかったわよ。お疲れ様。」 意外にも部長の口からは幹事のわたしに対する慰労の言葉が飛び出した。
「あ、ありがとうございます。不慣れなもので、いろいろ段取りも悪かったかと思いますけど・・・・」
「そんなことないわ。さあ、あなたもくつろいで。」 部長はわたしをソファーに腰掛けさせると、ワイングラスを手渡しながら言った。
    
断るわけにも行かず、わたしがワイングラスを受け取ると、部長は背後にゆっくりと回りこみ、わたしの肩にそっと手を置いた。
「さあ、今夜は終電も気にする必要はないわ。夜通し二人で楽しまないこと?明日香さん。」
(ほら当った!部長がわたしのことを“明日香さん”と呼ぶ時は、部長の頭の中にはSM奴隷のわたしを思い浮かべてるんだ。これは
まずい状況になってきたわ!)
わたしが返答に窮していると、部長の手がそのまま下に伸びて、わたしの浴衣の胸元から静かに中に滑り込んでいった。
         
わたしは思わず立ち上がり、その場を逃れながら言った。 「ぶ、部長!申し訳ありませんが、これは幹事の仕事じゃありません。」
「明日香さん、あなたまだ意地を通すつもり? いい加減考え直して、私の奴隷になった方がどんなに幸せかまだわからないの?」
「わかりません!どんな目に遭わされようが、わたしの気持ちは変わりません! し、失礼します!」 わたしは部屋を飛び出した。
                      

何ともいえない憂鬱な気分になり、さっぱりしたかったので、わたしはその足で温泉に向うことにした。
廊下はシーーンと静まり返っていた。 きっともうみんな飲み疲れて眠ってしまったんだろう。
浴場の引き戸をガラガラガラとそぉっと開けて中に入ると、広い浴場は誰も入っていなかった。
     
(わーい、こんな素敵なお風呂を独占できるなんて、最高の気分!) わたしはさっきの憂鬱も忘れ、思わず興奮してしまった。
カコーーーン・・・・ ザバァーーーーッ ピチョォォォォォーーーン  広い浴場に心地良い音が反響する。
手足を思いっきり伸ばし、大きなお風呂に肩まで浸かると、今日一日の疲れや部長とのイヤな記憶もどこへやら。 体の隅々まで
たっぷりリラックスすることができた。
ふと横を見るとサウナ室があることに気づいた。
(あー極楽極楽!) サウナ室をも独り占めし、いい汗をたっぷりかいていると、慰安旅行も捨てたもんじゃないなぁって思えてきた。
     
すっかりのぼせたので、そろそろ出て今度は冷水に浸かろうとサウナ室のドアを開けようとしたら・・・・ん?開かない。
ガチャガチャガチャ!! あれ?どうして? ガチャガチャガチャ!! おかしい!なんで開かないの!!!
気のせいかサウナの温度がどんどん上がってくるようで、わたしは目がくらみはじめた。
「誰かいませんかーっ!開けてくださーい!!」 ドンドンとドアを内側から叩いたが、当然誰もいない浴場からはなんの返事もない。
     
まるで肌が焦げるくらいに明らかに温度が高くなってきている。 息をすると焼けるような熱い空気が肺の中いっぱいに侵入してくる。
「だ、誰かーーー・・・・・・お・ね・が・い・・・・・」 とうとうわたしは極度の脱水症状でその場にバタッと倒れたまま気を失ってしまった。
                     

「もういいわ。サウナを停めて。」 サウナ室のドアの小窓から中を覗きながら矢良が言った。
未鱈がサウナのスイッチを切ると、笛羅がドアを開けた。
矢良たち3人は入口に立ってサウナ室の床に倒れているわたしを満足そうに見下ろした。
「ふふふふふふ・・・・極楽気分のあとは、たっぷり地獄を味合わせてやるわ。これまでの恨み、今宵しっかり晴らしてもらうよ。
覚悟するのね、針筵 明日香。」
      

 


※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

 

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