「うちの社長の裏社会との交際はもはや疑う余地はありません。そのために会社の販促費や交際費の領収書を偽造し現金を横領
していることも事実です。私は知ってしまったからには、これ以上黙殺するのは良心の呵責に耐えられません。(匿名)」

「こ、こ、これって・・・・・内部告発じゃありませんか!!」 わたしは監査部長が黙って手渡してくれた一枚の便箋を見てびっくりした。
「そのとおり。我が社の子会社の仁悶(じんもん)商事の社員からの手紙だ。差出人は匿名だが筆跡からいって若い女性だろう。」
                           
清輪(きよわ)監査部長は弱りきった顔でうつむいてしまい、応接室の空気はわたしたち二人に重々しくのしかかってきていた。
「で、でも部長。いったいわたしにこれを見せてどうするおつもりなんですか?」 わたしには清輪部長の意図が見えなかった。
「実はキミに頼みがあってここに来てもらったんだ。あ、キミの上司の佐渡部長には了解をいただいているから安心したまえ。」
「たのみ・・・・ですか?」
「実は我々監査部も仁悶商事社長のこの疑惑は少し前から察知していた。そこでこれまで二度も通常の監査を装って部員を送り込んで
調べてみたんだが、巧妙に隠匿されていて証拠を掴むことができなかったんだ。」
「はぁ・・・それとわたしとどんな関係が???」
「監査部による公式な監査では先方も用心して証拠を隠してしまうので、代わりにキミが現地に行って内々に調査してもらいたいんだ。」
「そ、そ、そんなぁ!わたしにスパイをやれって言うんですか?!」
                                                     
「聞くところによるとちょうどキミの得意先が向こうに一大レジャー施設を作るってことじゃないか。キミはその担当者として、長期出張
すればごく自然だし誰も疑うことはないだろう。それに差出人の女性も同世代の同性の方が心を開きやすいだろうし・・・・。
どうだ、引き受けてくれるかね?」

仁悶商事といえば、日本の最北 最果(さいはて)市にある会社で地元産業にどっぷり根ざし、社長の槍手強気(やりて つよき)は土地
の名士ってこともあって長年にわたって同社のトップに君臨している人だ。
                            
距離が離れている上、社長のそういった背景、さらに業績も順調なこともあって、親会社の豪紋商事といえどもなかなか口出しでき
ない一種アンタッチャブルな会社らしい。 そんな先に出向いて、はたしてわたしに調査なんかできるのかしら・・・・・
わたしはしばらく考え込んだ末、思い切って結論を出した。
「清輪部長、わかりました。わたしやってみます。仁悶商事に出張させてください!」
              


わたしを乗せた飛行機は定刻より10分遅れで旭川空港に着陸した。
そこからさらに北上する宗谷本線の車窓に広がる厳寒の大雪山系のパノラマは、気の重いミッションもしばし忘れさせるくらい
素晴らしいものだった。
                
そんな景観を眺めながらわたしはあることを考えていた。 今回の出張を引き受けた本当の理由だ。
それはそもそもわたしがこの豪紋商事に入社する動機にもなったことで、入社以来ずっと胸の奥に秘め続けていた誰にも言えない
目的でもあった。
幼い頃生き別れになった三つ年上の姉 明日美(あすみ)姉ちゃんの消息探しである。
両親を早く亡くしたわたしたち姉妹は、それぞれ遠くの親類に引き取られていき、以来姉とは会うこともなかったが、優しくて強い姉の
面影はいつもわたしの心の支えになってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姉から3年前に突然一通の手紙が届いた。
(お姉ちゃんったら、いったいどうやってわたしの住所を探し出したのかしら?)
なにごとかと思って封を切ると、中には短い手紙と姉の最近の写真が一枚入っていた。
『仕事上のトラブルに巻き込まれた。もうダメかもしれない。でも、明日香はこれからも強く正しく生きていって。私の分まで・・・・』
(えっ、な、なに?!この手紙!!)明らかに姉の身に危険が迫っている。それも只事ではない大きな危険が!
わたしは慌てて封筒の裏を見たが差出人の住所は書かれていないし、消印もかすれていて判読できない。
そこでわたしは人づてに姉の消息をいろいろ探し、ようやく豪紋商事という会社に姉が就職したことまで掴んだ。
ちょうど就職活動中だったわたしは迷うことなく豪紋商事に入社を決め、社員となって内部から姉の情報を調べることにしたのだ。
    
しかし極秘調査は思った以上に困難を極めた。 人事部をはじめいろいろな部署の資料にもなぜか姉の記録だけが不明瞭になって
いたのだ。でも確かにこの会社に勤めていたのは事実だ。なおさらその背後にキナ臭いものを感じずにはいられなかった。
しかし最近になってひょんなことから、姉が4年前に子会社の仁悶商事に出向した記録を発見した。SOSの手紙の1年前だ。
姉の記録は出向先の仁悶商事を最後に途絶えている。きっとここで姉の身に何かが起きたに違いない!
                        
仁悶商事に行けば何らか手がかりが掴めるはず。そう思っていた矢先に、まさにタイムリーな出張の要請が来たというわけだ。
車窓に広がる夕日に赤く染まる雪山は、この先の危険なミッションへの警告のようにわたしには思えた。
       


「これから1ヶ月間お世話になります豪紋商事営業1部1課の針筵明日香です。よろしくお願いします!」
翌日仁悶商事に出社し朝礼で挨拶を終えたわたしを現地の社員たちは暖かく迎えてくれて、オフィスの片隅に用意されたデスクに
案内してくれた。
     
どうなることかと内心ドキドキしていたわたしは、北国の人たちの素朴な人情に触れたような気がして、ホッと安心した。
わたしの得意先の下坂(くだりざか)興業がこの地に開発を計画しているレジャー施設は女性だけしか入園できない大変ユニークな
テーマパークで、その名もレズニーランドというものだった。
わたしは毎日パークの開発現場に赴いては、我が社がスポンサードしているアトラクションの施工会社との打ち合わせをし、帰社後
は雑務整理をしながら仁悶商事内部の動向をこっそりと探る日々を送っていた。
  
まずは内部告発の手紙を出した人物を見つけなきゃと思ったが、社内にいる多くの女性の中からそれを探し出すことは容易では
なかった。
    
最初は慎重だった周囲の社員たちも、2週間くらい経つと安心してきたのか、徐々にわたしの前でも構わず本音の会話を始めだした。
「アレ、いつもの処理でいいよね?」「少し多めに水増ししとけよ。」「わかってるさ、社長もそう指示してるしな。」
わたしは聞こえてないようなふりをしながら、耳をあちこちに傾けながらせっせと情報収集を続けた。

そんなある日、わたしが外出先から戻ると、机の上に一枚の伝言メモが置かれていた。
そのメモの筆跡を見て、わたしはハッと気づいた。 監査部長が見せてくれたあの匿名の手紙の筆跡とよく似ている!
メモを書いたのは寒井 氷見子(ひみこ)という30前後の色白で大人しそうなOLだった。探していた人物が意外にもすぐ身近にいたなんて!
(これで真相解明が一気に前進しそうだわ。それにこの人なら姉の情報も何か持ってるかも・・・)わたしは少し肩の荷がおりた気がした。
            


チャンスは予想以上に早くやってきた。
翌晩、残業で遅くなったわたしは、オフィスに氷見子とわたしの二人だけしかいないことに気づき、思い切って氷見子に声をかけた。
「寒井さん、お仕事大変そうですね。」
               
「まあ、もうこんな時間!そう言うあなたも忙しそうね。」
「わたし、お腹ペコペコ。 この辺でおいしい名物料理のお店どこか教えてもらえませんか?」
「そうねぇ・・・・あんまり名物料理っていうのはないけど・・・今から一緒に食べに行きましょうか。」
「わぁ、嬉しい!ぜひお願いします。」
雪の降りしきる中、氷見子が案内してくれたのは、変哲もない一軒の居酒屋だった。
   
彼女が言うとおり名物料理と呼べるようなものは特になかったが、ありきたりの刺身でも東京で食べるものとは格段の差があって
その美味しさにやたら感激しまくるわたしを見て、氷見子もだんだんうちとけてきたようだった。
料理と地酒でほどよく満足したころ、わたしはそれとはなしに例の内部告発の手紙の件を氷見子に尋ねてみた。
氷見子は最初かなり驚いたような様子でしばらく黙りこくっていたが、やがてポツリポツリと語り始めた。
「そうなの・・・・・あの手紙は私が出したものよ。あなた、本当の出張目的はその件だったのね?」
                    
わたしは目当ての人物にようやく巡り会えてホッと安心し、「寒井さん、もう一人で悩むことないわ。豪紋商事はあなたの力になるから
知っていることを教えてくださらない?」と氷見子の警戒を解くよう優しく語りかけた。
「針筵さんも、ここに来ていろいろお調べになってるんでしょ?」
「ええ、動かぬ証拠も少しずつ集まってきました。あとはあなたの情報が加われば、きっと槍手社長の背任罪を明らかにできるわ。」
氷見子はまだ完全に信用していないのか、どこかに躊躇が見られた。 でも無理もない。大変リスキーに思えて当然だもの。
「ねえ、もう少し飲まない?」 突然氷見子は話題を変えてそう言うと、わたしの返答も聞かずにお銚子をもう一本追加した。
そしてメニューをわたしの前に開き、料理の追加を促した。
「そうねえ・・・・それじゃぁホッケの塩焼きでもいただこうかしら。せっかく北海道に来たんだし。」しばらくメニューを眺めていたわたしは
店員さんにオーダーをお願いした。
熱々の燗酒をわたしのお猪口に並々注ぎながら氷見子はわたしの薄っすら赤みを帯びた顔を見て初めてニッコリ笑った。
(ようやくわたしを信用してくれたみたい。)わたしも嬉しくなってグイッとお猪口の酒を一気に飲み干した。
     
その直後、フラァ~ッと軽いめまいがして、「ごめんなさい。ちょっと飲みすぎちゃったみたい。」とわたしはトイレに席を立とうとして
バタンとその場に倒れこんでしまった。
「針筵さん!針筵さん!しっかりして!!・・・・・・・・・」そんな氷見子の声が遠くに響くのを聞きながら、いつしかわたしは深い眠りに
落ちていった。
          
 



※この物語はすべてフィクションであり、登場人物および団体は実在しないものであります。

 

 

 

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